『決済サービスとキャッシュレス社会の本質』を読んだ

Eコマースに関するWebサービスを開発しているのもあって、たまに決済に関する本を読んでいて*1*2、今年は本屋に『決済サービスとキャッシュレス社会の本質』が平積みされているのを見つけたので、読むことにした。

決済サービスとキャッシュレス社会の本質 | きんざい

内容

決済事業者としてサービスを検討するときの実務や注意点を個別サービスに依存しない形で説明することで本質を導き出すとしている。

国際ブランド決済カード(いわゆるクレジットカード)のしくみに始まり、デビットカード、プリペイドカードやSUICAのような決済手段のしくみ、それに加えて今後の展望が書かれている。そのなかで、どうしてそのようなしくみになったのかについての歴史的/業界的な経緯や、新興系の決済サービスに不足している部分の指摘などが詳細に書かれている。

決済ビジネスは「超薄利多売の装置産業」であり、レアケースと思える不正利用がビジネスとしては致命的になるので、最初からそれらのケースを考慮して作っていく必要があると再三にわたって強調されている。また、国際的には、決済のインフラレイヤーについては国際標準にしたがって共通なしくみを各社が使うことでセキュリティ強化やコスト削減を進めつつ、それより上のサービスに関するレイヤーで競争や差別化を図っており、国内の民間企業もそうなっていくべきだと述べている。

著者としては、新興の決済サービス事業者の展開に対して思うところがあるようで、加盟店手数料の安さやポイント還元競争が安易に称賛される風潮に警鐘を鳴らしている。この理由としては、決済サービスで大規模な不正利用が起こったり、アクワイアラーのビジネスが立ち行かなくなることで加盟店への支払いが滞ると、金融機関などに連鎖的に影響が及ぶ「金融システミックリスク」が発生し、経済に影響を及ぼすことによる。従来のクレジットカード会社はセーフティネットとしての役割を果たすために金融システミックリスクを減らす企業努力をしており、そのコストとしてある程度の加盟店手数料を取っているのだとしている。安心安全を大前提として、事業者は責任を果たしつつキャッシュレスを進めることが重要であると述べられている。

所感

全体を通じて著者の知識と経験に基づいて書かれており、詳細かつ当事者でないと知らなさそうな経緯が細かく書かれているのは興味深かった。

決済事業に手がけるWebサービス事業者へのやり方(安価な手数料や高い割引率など特典ばらまき)に懐疑的な意見や、O社に関して業界の会合で関係者がした発言などが書かれてあり、実際にそれらの事業者に金融システミックリスクを考慮できていない点が一部あるのだろうとは思った。また、C社について政府系ファンドからの出資があったことについても懐疑的な意見が書かれていた。このあたりは出典があるような話ではないので、あくまでも著者の主張と捉えて読むのがよいと思った。書きっぷりについては、ある種の講演録のような感じがあり、同じ話がなんども出てくるのが若干冗長だった。

読書メモ

第1章 すべての決済サービスの基本といえる国際ブランド決済カードのしくみ

  • ブランド会社の大事な役割は、仮にアクワイアラー(加盟店管理会社)が倒産しても加盟店に報酬が渡るように補償して、金融システミックリスクを防ぐこと。拓銀倒産時に、その子会社をJCBが買ったエピソードなど。加盟店手数料はこういうところに使われている話から、決済を本業としない新興系サービスの安価な手数料について言及。新興系サービスの構造的に今後もつきまとう問題
  • ブランド会社がネットワークを流れる決済データの仕様やカードの仕様を決めている。IC未対応端末でのICカード不正利用の責任をアクワイアラに課すなど信頼性向上に努めている
  • FeliCaは近接型非接触ICカードに関してはISO仕様ではない。もともとSuicaで使われることを想定していたので、高速に動作する。役所が発行するようなカードにFeliCaを導入してしまうとWTOに訴えられる可能性があるので、マイナンバーカードなどはType-Bを採用している
  • 欧米は銀行を信用していないので、明細を見て自分で最低支払い金額以上の小切手を書いて、手数料を払ってでもリボ払いを使う。クレジットヒストリーを育てる意味合いもある。日本はカード会社を信用しているので、実質後払い一括デビットといえる
  • Eコマースでの不正利用対策としてCVVが使われるようになったが運用上問題が発生しがち。3Dセキュアは加盟店にカード情報を持たせないための方法

第2章 デビットカードと送金サービス

  • 米では口座開設に与信が必要なことや、リボ払い中毒の問題からデビットカードが普及しつつある
  • 日本はJ-Debitというのがあるが、あまり流行っていない。Bank PayがJ-Debitのインフラを利用している
  • デビットカードは特有の考慮事項がある
    • オーソリ時にはあった口座残高が売上確定時になくなるオーバードラフト。銀行側でオーソリ時点での金額分留保で対応することが増えている
    • オーソリ後の売上金額変更
    • オーソリと売上で電文が通るアクワイアラが変わるとき、イシュア側で突合が難しくなる。オーソリと売上を一つの電文にまとめて解決する(シングルメッセージ)。
  • 2016年のセブン銀行ATMからの18億円不正引き出し事件。セブン銀行は悪くなく、引き出しを許可した南アフリカの銀行に問題があった。セブン銀行ATMはIC対応しているし事件のときは最大引出額を下げる対応をとった。そもそも磁気カードは偽造しやすいので、ICにしていくことが大事
  • キャッシュアウトはデビットカードによって店頭で現金を引き出せるので、ATMがない地域で便利

第3章 プリペイドカードと電子マネー

  • 日本における電子マネー(Edy、Suica、nanaco、WAONなど)の発展の経緯、国内外でFeliCaの利用実績にズレがあることや、Apple PayがFeliCa対応してしまったことの功罪について、LINE Payカードなどブランドプリペイドカードについて

第4章 新たな決済サービスの動向とキャッシュレス社会の展望

  • 中国のキャッシュレス事情、新興系決済サービスやQRコード決済について、今後の展望など
  • 2010年代前半の爆買いは人民元の持ち出し制限と銀聯のデビットカード誕生によるもの。そのあとにアリペイやWeChatペイが追随した。単純にQR決済を入れればまた起こるというものではないし、中国当局の規制が入った